天空の城砦

豊後 臼杵城

臼杵城[続百名城:193]

臼杵城登城口

 戦国時代、大友宗麟により臼杵(うすき)城の前身となる「丹生島(にうじま)城」が築かれ、 大友氏の拠点となりました。 丹生島は北、南、東を海に囲まれ、西は干潮時に現れる干潟の陸地でつながるのみという天然の要害をなしていました。 「丹生」とは丹(に、鉱物の辰砂)が採取される土地を指しており、丹生島とは「金属鉱石の産出する島」という意味であるそうです。 大友義鎮(宗麟)は、この島一つを城郭化して干潟を干拓して城下を形成しました。 城には3重の天守と31基の櫓が上げられ、総二階造り(上下階の平面が同規模)の重箱櫓と呼ばれる形状をした二重櫓が特徴的でした。 廃藩後は天守以下建物は一部を残し取り壊され、周囲の海も埋め立てられました。 現在、城郭主要部は都市公園として整備され、石垣、空堀が残り、二の丸に畳櫓が、本丸に切妻造りの卯寅口門脇櫓が、それぞれ現存します。




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